阿波邪馬台国説の謎!誰が伝えだしたのか! ― 「邪馬台国=阿波」の源流を追う ―(電子本)
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阿波邪馬台国説の謎!誰が伝えだしたのか! ― 「邪馬台国=阿波」の源流を追う ―(電子本)
序文(立ち読み用)
邪馬台国の所在地をめぐっては、長く「畿内説」と「九州説」が大きく取り上げられてきた。
だが徳島・阿波には、もう一つの説が存在する。それが「邪馬台国は阿波にあった」とする阿波邪馬台国説である。
では、この説はいったい誰が最初に唱え、誰が後世へ伝えたのか。
本書では、昭和期の研究者や郷土史家、古老から受け継がれた地域伝承、神社、地名、古代史資料などを手掛かりに、阿波邪馬台国説が形成されていった流れを追う。
一人の人物が突然作った説ではなく、地域に眠っていた記憶が研究者たちによって掘り起こされ、やがて一つの歴史像へと育っていった可能性がある。
その源流をたどることこそ、阿波古代史最大の謎の一つなのである。
第1章 なぜ邪馬台国の場所は決まらないのか
『魏志倭人伝』の記述は短く、方角や距離の解釈も分かれる。そのため現在まで決定的な所在地は確定していない。
第2章 畿内説と九州説の陰に隠れた阿波説
邪馬台国論争は二大説を中心に語られてきた。しかし地方には、それぞれ独自の伝承と研究が存在している。
第3章 阿波邪馬台国説とは何か
徳島県内の地名、神社、古墳、地形、伝承などを古代史料と結び付け、邪馬台国の中心地を阿波に求める考え方である。
第4章 阿波に残された古老の記憶
地域には、文書よりも古くから口伝として受け継がれた話がある。阿波説の源流を探るには、こうした伝承も無視できない。
第5章 「昔、この辺りに都があった」という伝承
徳島市周辺には、古代の都を思わせる地域伝承が語られてきたとされる。そこから研究者たちは新しい可能性を探り始めた。
第6章 坂東一男が伝えたもの
坂東一男ら郷土の伝承を記録した人々の存在は、阿波古代史を後世へ残すうえで重要な役割を果たした。
第7章 古代阿波研究会の登場
昭和期になると、阿波の古代史を本格的に研究する動きが活発化する。個人の伝承研究から組織的な研究へと発展していった。
第8章 1976年『邪馬壱国は阿波だった』
古代阿波研究会が刊行した『邪馬壱国は阿波だった―魏志倭人伝と古事記との一致』は、阿波説を知るうえで重要な出版物の一つである。
第9章 なぜ「邪馬台国」ではなく「邪馬壱国」なのか
『魏志倭人伝』写本の文字をどう読むかは古くから論争がある。「台」と「壱」の違いも、邪馬台国研究を複雑にした要因である。
第10章 岩利大閑という研究者
阿波古代史を広く世に伝えた人物として、岩利大閑の存在は欠かせない。独自の視点から阿波と日本古代史を結び付けた。
第11章 『道は阿波より始まる』の衝撃
岩利の著作は、古事記、神社、地名、伝承などを総合し、「古代日本の重要な舞台が阿波にあった」という歴史像を提示した。
第12章 阿波の神社に残る古代の痕跡
阿波には由緒の古い神社が数多く残る。祭神や社伝を読み解くことで、古代社会とのつながりを探る研究が続けられてきた。
第13章 地名は古代史を語るのか
地名は長期間残ることがある。阿波説では、『古事記』『日本書紀』『魏志倭人伝』に登場する名称との類似が注目されてきた。
第14章 古墳と遺跡から見える阿波
邪馬台国を考えるには伝承だけでなく考古学的証拠も必要である。阿波の古墳や遺跡をどう評価するかが重要な課題となる。
第15章 卑弥呼と阿波を結ぶ説
阿波説では卑弥呼に関わる伝承や祭祀文化にも注目する。ただし、人物比定には慎重な史料検証が必要である。
第16章 阿波忌部と古代祭祀
阿波忌部は古代の祭祀や麻・木材などに関わった氏族として知られる。その存在を邪馬台国時代との連続性から考える説もある。
第17章 なぜ阿波説は全国に広まらなかったのか
中央の学界では畿内説と九州説が長く議論の中心だった。地方発の研究は、資料や発信力の面で全国に届きにくかった可能性がある。
第18章 一人が作った説ではなかった
阿波邪馬台国説の特徴は、特定の一人だけに起源を求めにくい点にある。古老の伝承、郷土研究、出版活動が重なり合って形成されたと考えられる。
第19章 昭和から令和へ受け継がれる阿波説
昭和の研究者が残した資料は、現在の研究者や郷土史愛好家へと受け継がれている。インターネット時代になり、阿波説を知る人も増え始めた。
第20章 阿波邪馬台国説最大の謎
本当の出発点は、昭和の出版物よりさらに古いのかもしれない。誰が最初に語ったのか。その答えは、地域に残る記録や古老の記憶の中に眠っている可能性がある。
